|
2019-11-24 Sun 08:03
質問者「シャーマ(カーリー女神)の肌はなぜあんな色(ダークブルー)をしているんですか?」 聖ラーマクリシュナ「【それは遠いからだ】。 【近くに行けばどんな色でもない】。 大きな湖の水は遠くから見ると黒く見えるか、そばに行ってすくってみれば何色でもない。 空は遠くから見ると青色だ。近づいてみると何色でもない。 【神の近くに行けば行くほど名前も形も無いことがよく分かる】。 ちょっと遠ざかって眺めると私のマー シャーマ(シャーマお母さん)で、牧草の花のような青い色だ」 🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨ 「{{【我々の前に無数の対象物を見るという我々の過ちの理由とは】、 【我々の現実である自ら(真我=アートマン)】、 【意識なる広大な完成(極致)に】、 【我々が専心し損なっているため】、 【見る者、分離した『私』として我々が生じたことである】}}。 {{【誤った、偽りの、自縄自縛の自我なる結び目は】、 【身体を現実であると信じ、 空の青さのように全くの想像に過ぎない様々な魅惑的なものを渇望し】、 【そうして、それ自体を堅く締める】}}。 {{【身体を『私』として、および、『私の場所』として取り違える汚れた自我の生とは】、 【純粋で、現実の至高なる自らの中の夢として見られる、誤った想像に過ぎない】}}」 ―ラマナ マハルシ 「{{確固たる信念を持ちなさい。 『【私は神である】。【私の真我は神である】』と。 【真我(アートマン)には何の姿形も無い】。名前があるだけだ。 {{【アートマンは全ての人の中で、太陽のように輝いている】。 【それは純粋なハートの中でだけ見ることができる】。 【不純なハートでは見ることができない】}}。 多くのアヴァター(神の化身)たちがこの真理を伝えるために降臨した」 「【神の御姿】とはどのようなものか? 【それは到達できず、理解を超えているものだ】。 【神の御姿はどんなものにもなり得る】。 例えば、風や水の姿形はどうか? あなたがたは、水を見ること、 風を感じることはできるが、 水や風に形はない。 それはいつ形を得るのか? 【風船の中に空気を入れれば、 風船はそれに伴った形を取る】。 【水は水が入っている器の形を取る】。 同様に、【姿形をもたない神は、 信者が大切に心に抱く御姿を纏うのである】」 ―サティヤ サイババ 「【(神の御姿は)バクタ(信者)が心の中で思っている形を見るのさ】。 実際はちっとも複雑でも何でもない」 「【無性のものが、そのまま一切性】。 【ブラムハン(絶対実在)が、すなわちシャクティ(創造的エネルギー)】。 【動かないものとして感じられるときブラムハンと言う】。 【創造し維持し破壊していると見るとき、それをアディヤシャクティ(根元造化力)と言い、マー カーリー(母なるカーリー)と言う】。 【ブラムハン(無相の神)とシャクティ(有相の神)は同じもの】。【火と燃える力のようなもので、『火』と言えば『燃える力』が分かり、『燃える力』と言えば『火』が分かる】。 【一方を思えばもう一方を思わないわけにはいかない】。 【あのお方のことを、『母さん』と呼ぶんだ】。 母さんというものは、恋しい恋しいものだよね。【神様が恋しくてたまらなくなれば、神様に触れることができる】。 【慕って、信じて、恋しがって、それから固い信念】。も一つ、歌をお聞き。 『深く想えば愛は生まれ、 愛深きほど源深く、 掴みて信は揺るぎなし。 母さんの御足もと、アムリタ(神聖甘露)の海に、 我が心常に浸りてあれば、 礼拝、護摩、供物 全て用なし』。 【心がぴったりとくっつくほど、あのお方が好きで恋しくてたまらなくなる】。 【アムリタの海とは不死の海だ】。 【そこに浸れば人間はもう死なない。不死になるのだ】。 【あんまり神様、神様と夢中になっていたら、いまに頭がおかしくなるんじゃないかと思っている人もあるが、そうじゃない】。 【神様はアムリタの海なんだよ!】 【不死の大海なんだ】。 【ヴェーダではあのお方を『不死』と言っている】。 【そこに浸れば、もう死なないのだ】。【不死になるんだよ】」 ―聖ラーマクリシュナ スポンサーサイト
|
|
2019-11-23 Sat 21:04
|
|
2019-11-23 Sat 08:02
「水瓶を頭の上に乗せて歩く女たちは仲間とお喋りしている間も非常に注意深くしている。 【彼女たちの思いは頭に乗せた水瓶に集中しているのだ】。 同様に【賢者が活動に従事する時、仕事が彼の妨げになることはありえない】。 【彼の心はブラフマン(絶対実在=神)の内に留まっているからだ】」 ―ラマナ マハルシ 🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨ 「【世俗的活動を快活に続けよ】。 【ただし、神を忘れることなく】」 ―シルディ サイババ 「【蓮の葉は水中から生じるが、決して水に濡れない】。 人もこの世にあって、そのように生きるべきだ。 【ハートは神に捧げ、手は仕事をして】」 ―ヴィヴェーカーナンダ 「【世間でいろんなことをしていても、心は神に預けっぱなしにしておきなさい】。 【神への信仰を持たずに世間で暮らしていると、だんだん心が世俗の垢に汚れて来る】。 【災害や、悲しみ、苦しみに我慢が出来なくなって来る】。 手に油を塗ってからココナッツの実を割らなきゃいけないよ! そうしないと、手にヤニがベタベタくっついてしまう。 【神への信仰という油を手にぬってから、世間の仕事をすることだ】」 ―聖ラーマクリシュナ 「カーリー女神は寺院の内側の囲いから歩いて出てきて、盗賊団の全員を滅ぼした。 それから、母なるカーリー女神は助言を与えてバラタを祝福した。 『私はあなたの【バクティ(神への愛)と不屈の努力】にたいへん満足している。 今後も同じようにして、【真我(アートマン)の中に自己を確立しなさい】。 【世間があなたをどのように思おうと心配してはならない】。 【称賛と非難に動じずにいなさい】。 【大胆に、恐れを知らずにいなさい】。 【常に神を想っていなさい】』。 ところが、【ジャダ バラタは女神の言葉さえ聞いてはいなかった!】 【バラタは間断なく、ひたすらアートマンに浸りきっていたのである】」 「【役割を果たしなさい】。 しかし、【真のあなたはその影響を受けずにいなさい】。 【あなたの頭は森のアシュラムに置いて】、 【目的もなく急ぐだけの世の中に影響されずにいなさい】」 ―サティヤ サイババ ポール ブラントン「人が職業に従事しているなら、彼には瞑想のための時間がほとんど残されていません」 ラマナ マハルシ「【瞑想のために特別の時間を割く必要があるのは、霊的な道の初心者だけだ】。 【より進んだ人は、仕事に従事していても、していなくても、常に至福を楽しむ】。 【彼の手は社会にあっても、彼は頭を独り冷静に保てる】」 「【心の破壊は、心がアートマン(真我)と一つであることを認識することによって為される】。 たった今でさえ、【心はアートマンから離れては存在しないのだ】。 【認識しなさい】。 【日々の活動の中こそ、それを認識するときである】。 【活動は(心なしに)自動的に続いてゆくのである】。 【心が活動を促していると考えるのは真理ではない】。 【心はアートマンから現れた幻影でしかない】ということを知りなさい。 【こうして、心は破壊されるのである】」 |
|
2019-11-22 Fri 07:57
聖ラーマクリシュナ「【象のごとき心を支配できる人の胸の中に、母なるジャガット ダートリーは現れてくださる】」 ※【ジャガット ダートリー】→「宇宙を支える者」カーリー女神。象を征服している獅子に乗っている。 ラカール「心は狂った象です」 聖ラーマクリシュナ「【シンハヴァーヒニーの獅子(シンハ)が、だからその象を従わせているのさ】」 ※【シンハヴァーヒニー】→「獅子に載る女」カーリー(ドゥルガー)女神。 🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨ 「汝の心に教えよ、心に学ぶな」 ―トルストイ 「愚か者は心を制御しようと必死だ。 いったいどうしてそれが可能だろう? 賢く、自ら(真我)を愛する人に、 それは自然に起こるのだ」 『アシュターヴァクラ ギーター』(18‐41) 「肉体は多くの苦痛を経験するかもしれない。 肉体は水の泡のようなものであり、 心は気の狂った猿のようのものだ。 ゆえに【肉体と心のどちらにも従ってはならない】。 【自らの良心に従いなさい】。 【霊的な渇望(真我を愛する心)を育てなさい】。 【真我を愛する心】が育てば、【どのような苦痛にも左右されなくなる】」 「{{【不変なる神性を手に入れたいのであれば】、 【ある程度まで行為する肉体と思考するマインドをコントロールしなければならない】}}。 【肉体は水の泡のようなものだ】。 【マインドは狂った猿のようなものである】。 【水の泡のような肉体や、狂った猿のようなマインドに従うべきではない】。 【良心、すなわちアートマン(真我)の行動規範に従いなさい】。 しかし、今の求道者は良心に従っていない。 肉体とマインド(思考的心)だけに従っている。 【人は揺るぎないマインドを持つべきである】。 今日、あなたがたは霊性の道を歩むために大金を使って、様々な快適さをあきらめ、とても遠いところからやってきた。 しかし、ここに来てからあなたは何をしているのか? あなたの目的とは何か? あなたの思いとは何か? どんな目的を持ってここへ来たのか? あなたは何をしているのか? あなたがたはきちんと答えなければならない。 自分が何をしているのか? あなたがたは霊的な目的を持ってやってきた。ところが、あなたがたは世俗的な思いを募らせている。 あなたがたは、あまりにも付き合いを広げ、あまりにも執着を募らせている。 新しい付き合いを持とうとしている。 あなたがたは全てを、父親、母親、血縁をあきらめたはずだ。 ところが、あなたがたはここで、不必要な束縛を得ようとしている。 あなたがたは束縛を取り除くという目的を持ってやってきたはずだ。 間違っている。 『ハロー、ハロー、お元気ですか? さようなら』。 (一同笑い) といった【表面的な関係だけなら持っても構わないが、それ以上はいけない】。 さもなければ、自分の目的、志を損なってしまう。 【男女の交流が多すぎて、マインドが狂った猿のようになってきている】。 狂った猿どころか動物だ! (一同笑い) 動物のようになってきている。これは全く間違っている。 ヴェーダーンタ(不二一元論)という我々の哲学によると、【人はヴァイラーギヤム、、すなわち無執着を育てなければならない】。 【世俗への無執着を育て続ければ、神聖な執着が増してくる】。 あなたがたは、ジャパム(御名やマントラを繰り返し唱えること。念仏、唱題)や瞑想をしているかもしれない。 しかし、ジャパムや瞑想をすることで、どんな成果を得ているのだろうか? あなたがたは目を閉じて座る。それが瞑想なのではない。 あなたがたのマインドは猿のようにさまよっている。 実際、このような瞑想は時間の無駄である。 時間の無駄は人生の無駄である。 【マインドをコントロールできなければ行為に携わりなさい】。 【行為に没頭しなさい】。 何か仕事をしなさい。時間を無駄にしてはならない」 「【真のバクティ】は、 【心を制御すること】、 【心を内側に向けること】、 【神との交流を楽しむこと】で成り立っている」 ―サティヤ サイババ 「精神に(深く)入り込んだ願望の全てを完全に捨て去った時、 おおパールタよ、 専ら自己によって自己において満足している時、 その時、その人は安定した知性を持つ人と言われる。 いかなる物事に対しても過度の愛好を抱かない人、 善いもの悪いものを得たとしても欣喜も忌避もしない人、 そのような人の知性は確立している。 そして、そのような人が、 亀が手足を四方から引っ込めるように感覚器官を対象から退けるとき、 その人の知性は確立している。 無数の河川が流れ入っても、海は泰然として不動である。 様々な欲望が次々に起こっても、 追わず、取り合わずにいる人は平安である。 絶えず動き騒ぐ心を制御するのは、君の言うように確かにに難しいが、 不断の修練と離欲によって可能だ。 放逸な心をもった人にとって 真理の体得は極めて困難である。 それゆえ、心の制御に努めることこそ実現への適切な方法だと【私】は言うのである」 『バガヴァッド ギーター) 『バガヴァッド ギーター』(2‐55、57、58、70、6‐35、36) 「{{鳥が猟師に網で捕らえられるように、 【息を内に留めることで心は制される】。 【この仕掛けは心の吸収をもたらすだろう】。 なぜなら、【思いと行いに表わされる心と生命、 すなわち思いと行為をその機能として持つ心と生命は】、 【一本の木の二本の大枝のように分かれているが、 それらは共に、ただ一本の幹から生じているからだ】。 {{【心の制圧は二つの方法により実現される】。 【吸収と消滅】。 【吸収された心は再び蘇るが】、 【破壊されている心はもはや二度と復活しないだろう】。 【なぜならそれは死んでいるからである】}}。 {{【呼吸の抑制を手段としている時】、 【心は制御されている】。 【その時に、それを一つの流れに注げ】。 それが達成されたなら、 【心の形は、その時、完全に消え去るだろう】}}」 「彷徨い出すのが心の本性である。 【あなたは心ではない】。 【心は湧き起こり、沈みゆく】。 心は一時的で移ろいやすいものだ。 【あなたは『永遠なるもの』なのだ】。 【真我以外に存在するものは何も無い】。 【真我の内に在ること、これが要点である】。 【心については気にせずにいなさい】。 【もし、その源を探求すれば、心は消え去り、不変の真我が残るだろう】」 「{{【アートマン(真我)の実現】とは、 【想念と全ての心の活動の休止である】}}。 【想念は、海の表面に漂う泡のようなものだ】」 「想念は、【数えきれないほどの過去世を通じて】、【チッタ(心の構成要素)の中に蓄積された傾向である】。 【その根絶】が狙いでなくてはならない。 【その傾向から解放されていること】が【清浄】だ。 【人は、意識のあるアートマンを、知覚の無い身体と混同することによって欺かれている】。 【この欺瞞は終わらせなくてはならない】」 「【想念は我々の敵である】。 【想念から免れているとき、我々は生まれついての至福に満たされている】。 【二つの想念の間にある空白が我々の本当の状態】であり、 【あなたは意識的にアートマンとして現存する状態に在るだろう】」 「【本当の偉大さは、想念から解放されていることである】」 「【人が真の本性を初めて知るとき】、 【彼の存在の深淵から何か別のものが立ち現われ、彼を占有する】。 【その何かとは心の背後にある】、 【無限の】、 【神聖な】、 【永遠なるもの】である。 {{ある人はそれを【ニルヴァーナ(涅槃)】と呼び、 ヒンドゥは【解脱(モークシャ)】と呼ぶ。 あなたはあなたの好きなように呼ぶがいい}}。 【これが起こったとき、人は自分自身を失ったのではなく、自分自身を見出したのである】。 【アートマンの探求に踏み出すまで、疑いと不安は人生の一歩一歩につきまとうだろう】。 【最も偉大な王や政治家は自分自身を治めることができないと知りながらも他の人々を統治しようとする】。 だが【最も偉大な力を制するのは、内奥の深淵を理解した人なのだ】。 【あなたが自分自身を知らないとき、それ以外の全てを知ることがいったい何の役に立つというのか?】 人々はアートマンの探求を避ける。 【だがそれ以外にするべき価値のあることが何かあるだろうか?】」 ―ラマナ マハルシ |
|
2019-11-21 Thu 07:52
「{{ある観念をしっかりと捉え、 【それが現れた源へと跡を辿りなさい】。 【そのような集中は沈黙をもたらす】}}。 【修練が自然になった時、それは最終的に静寂に帰するだろう】。 {{【心の活動の無い瞑想】、 【それが沈黙である】}}。 【心を征服することが瞑想である】。 【深い瞑想は永遠の語りかけなのだ】」 ―ラマナ マハルシ 🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨🌹✨ 「【あなたは知覚や想像を超えた何かだ】。 それにも拘わらず、【あなたなしでは想像も知覚もありえない】」 ―ニサルガダッタ マハラジ 「それらの存在が生まれ出るところである【それ】、 それがブラフマン(絶対実在=神)である」 『タイッティリーヤ ウパニシャッド』 「【太古の、光り輝く存在】、 【内在する魂】、 【ハートの蓮華の奥深くに潜むもの】、 それを知ることは難しい。 しかし、【賢者は瞑想の道に従って】、【それ】を知る。 そして、【快楽からも苦痛からも、同様に解き放たれる】」 『カタ ウパニシャッド』 「身体と世界は私の光から立ち現れる。 全ては私のものであり、 何ひとつ私のものではない。 逆巻き、泡立つ波が、ただの水でしかないように、 真我から現れ出る森羅万象も、 全て真我でしかない。 私は果てしない海。 想念が湧きあがると、 意識の風が幾千もの世界という波を起こす。 だが、風が止むと、商人は船と共に、全世界を巻き添えにして、 私という存在の底知れぬ海の中に沈みゆく。 だが、ああ、なんと素晴らしい! 私は計り知れない深淵。 全ての生きとし生けるものは、 私の中にひとりでに現れ、 互いに戯れあい、衝突しあい、 そして消えてゆく。 大海の波のように、その中で世界が湧き起こっては静まりかえる【それ】。 【それ】があなた自身だと知りながら、なぜ惨めにうろつきまわるのか? 聞かなかっただろうか? あなたは純粋な気づきだ。 しかも、あなたの美しさには限りがない! それなのに、なぜ煩悩に身を焦がすのか?」 『アシュターヴァクラ ギーター』(2‐2、4、23~25、3‐3、4) 「『バーガヴァタム』(『バーガヴァタ プラーナ』)は宣言している。 【『生きとし生けるもの全てにとって、自らが来た源に還るのは当然のことである』】。 【あなたは神(アートマン=真我)から生じた】。 【あなたは神の中へ融合しなければならない】。 ゴールに辿り着くまで、人生という神聖な旅路を軽んじてはならない。 【『私はどこから来たのか?』と自分自身に尋ねなさい】。 【あなたの母親からではない】。 【あなたの母親は肉体を与えたが、魂は神から来たのだ】。 【あなたは肉体ではなく、感覚でもなく、心(マインド)でもない】。 【あなたは真我(アートマン)である】。 【あなたがた一人ひとりが不滅の子供なのだ】。 それならば、【なぜあなたはこのアンルタ(非真)を追求しているのか?】」 「【ヴェーダーンタ(不ニ一元論、ウパニシャッド)】は、 【アートマンこそが唯一の実在である】と宣言している。 波は水で形作られる。 【水の無いところには波は存在し得ない】。 同様に、【アートマンが無ければ】、 【いかなる姿形も存在し得ない】」 ―サティヤ サイババ 「あなたは私にこのアートマンを描写するよう求めている。いったい何が言えよう? 【それはそこから『私』という個人の感覚が立ち現われ、その中に消え去ってゆく【それ】である】」 「【火炎から火花が出るのとまさしく同様に】、 【絶対的な自ら(真我)から個人性が出現する】。 その火花は自我と呼ばれている。 【アジニャーニ(無知の人、覚者ではない人)の場合、自我はその生起と同時にそれ自身を何らかの対象と同一視する】。 【そのような対象物との関わり無しに、それ(自我)は留まれない】。 この関わりはアジニャーナによるもので、【その破壊が人の努力の目的】である。 {{【それ自身を対象物と同一視する、この傾向が破壊されるなら】、 【自我は純粋になり】、 【それから、その源に溶け込みもする】}}」 「{{【自我が立ち現れ、それが目覚めと呼ばれる】。 【そして同時に想念が現れる】}}。 {{【その想念が誰のものなのか】、考えてみなさい。 【それはどこから現れたのだろうか?】 【それは意識である真我からに違いない】}}。 {{【それについて漠然と理解するだけでも、自我の消滅を助けるのだ】}}。 そうすれば、【無限の存在を実現することも可能となる】。 {{【その境地の中に個人は存在せず】、【ただ永遠の存在だけが在る】。 それゆえ、【そこには死についての想いも嘆きもないのだ】}}」 ―ラマナ マハルシ |
|
| あなたは至福の大海、限りない歓喜 |
NEXT≫
|






